あま びえ と は。 新型コロナ封じで流行中の妖怪「アマビエ」の正体とは? 本気のアマビエ研究者がわかりやすく解説します!【ふーぽコラム】|福井の旬な街ネタ&情報ポータル 読みもの ふーぽ

【鬼太郎の妖怪大図鑑】あまびえ

あま びえ と は

現在、Twitterなどネットで大流行中の 妖怪「アマビエ」。 その姿を描き写すことで、疫病の流行を防ぐご利益があるといわれており、現在の新型コロナウイルス流行の中、 さまざまな人がアマビエの姿を描いたイラストをネットにアップして、それが拡散しているんです。 だけど、そもそもアマビエっていったいどんな存在なのでしょう。 長年アマビエについて調査し論文を発表するなど、 アマビエ研究の第一人者である長野栄俊さん(福井県在住)が、わかりやすく徹底解説します。 一つの理由として、 珍獣・幻獣の姿を「見る」と除災招福の御利益が得られるとする心性の存在が挙げられる。 見たり、貼り置いたりするだけで寿命が延び、悪事災難から逃れられると人々は考えたのである。 そのため 安政5年(1858)のコロリ流行時には、虎列剌(コレラ)除けの摺物として「猿に似たる三本足の怪獣」の絵姿が江戸市中で売り歩かれた。 また明治15年(1882)にも東京の絵草紙屋(娯楽書や浮世絵の店)で「三本足の猿の像」が「コレラ病除けの守り」として売られた。 これらはともにアマビコであろう。 もう一つの理由は、 情報を得るための「書き写す」という行為が、現代からは想像できないほどの広がりを見せていたことである。 政治や災害など多様な情報を得るため、地方の豪農商や村の知識人までもがこぞって風説(情報や噂)を書き写した。 今も全国各地に当時の情報記録集(風説留)が伝わり、その中に予言獣の姿が書き留められている。 護符の効能を妄信したのでなく、 単に新奇なものを面白がって書き留めただけという可能性もある。 アマビコの姿を「見る」「書き写す」というお告げは、19世紀初頭から明治初年にかけての人々の思考や心性、行動様式にマッチした。 だからこそ予言する妖怪は、この時期に限って様々に形を変えて流行した。 しかし、新しく誕生した マスメディア=新聞の登場と入れ替わるようにして、その流行は終息する。 天保・安政・明治と少なくとも3度にわたって流行を見せたアマビコ(アマビエ)は、以後長く忘れ去られることになった。 最後の流行からおよそ140年。 コロリならぬ新型コロナの流行に直面する私たちは、SNS上でアマビエの姿を見て、リツイートや二次創作によって拡散を続ける。 では、ご利益はあるのか? じつは亜種であるアマビエは「早々に私の姿を写して人々に見せよ」とは告げるが、その御利益は明言していない。 一方、原種のアマビコの方は「私の姿を見る者は無病長寿、早々にこのことを全国に広めよ」と告げている。 SNSで見て、 拡散すべきは「アマビエ」ではなく「アマビコ」の方かもしれない。

次の

アマビエ(あまびえ)とは

あま びえ と は

現在、Twitterなどネットで大流行中の 妖怪「アマビエ」。 その姿を描き写すことで、疫病の流行を防ぐご利益があるといわれており、現在の新型コロナウイルス流行の中、 さまざまな人がアマビエの姿を描いたイラストをネットにアップして、それが拡散しているんです。 だけど、そもそもアマビエっていったいどんな存在なのでしょう。 長年アマビエについて調査し論文を発表するなど、 アマビエ研究の第一人者である長野栄俊さん(福井県在住)が、わかりやすく徹底解説します。 一つの理由として、 珍獣・幻獣の姿を「見る」と除災招福の御利益が得られるとする心性の存在が挙げられる。 見たり、貼り置いたりするだけで寿命が延び、悪事災難から逃れられると人々は考えたのである。 そのため 安政5年(1858)のコロリ流行時には、虎列剌(コレラ)除けの摺物として「猿に似たる三本足の怪獣」の絵姿が江戸市中で売り歩かれた。 また明治15年(1882)にも東京の絵草紙屋(娯楽書や浮世絵の店)で「三本足の猿の像」が「コレラ病除けの守り」として売られた。 これらはともにアマビコであろう。 もう一つの理由は、 情報を得るための「書き写す」という行為が、現代からは想像できないほどの広がりを見せていたことである。 政治や災害など多様な情報を得るため、地方の豪農商や村の知識人までもがこぞって風説(情報や噂)を書き写した。 今も全国各地に当時の情報記録集(風説留)が伝わり、その中に予言獣の姿が書き留められている。 護符の効能を妄信したのでなく、 単に新奇なものを面白がって書き留めただけという可能性もある。 アマビコの姿を「見る」「書き写す」というお告げは、19世紀初頭から明治初年にかけての人々の思考や心性、行動様式にマッチした。 だからこそ予言する妖怪は、この時期に限って様々に形を変えて流行した。 しかし、新しく誕生した マスメディア=新聞の登場と入れ替わるようにして、その流行は終息する。 天保・安政・明治と少なくとも3度にわたって流行を見せたアマビコ(アマビエ)は、以後長く忘れ去られることになった。 最後の流行からおよそ140年。 コロリならぬ新型コロナの流行に直面する私たちは、SNS上でアマビエの姿を見て、リツイートや二次創作によって拡散を続ける。 では、ご利益はあるのか? じつは亜種であるアマビエは「早々に私の姿を写して人々に見せよ」とは告げるが、その御利益は明言していない。 一方、原種のアマビコの方は「私の姿を見る者は無病長寿、早々にこのことを全国に広めよ」と告げている。 SNSで見て、 拡散すべきは「アマビエ」ではなく「アマビコ」の方かもしれない。

次の

新型コロナ封じで流行中の妖怪「アマビエ」の正体とは? 本気のアマビエ研究者がわかりやすく解説します!【ふーぽコラム】|福井の旬な街ネタ&情報ポータル 読みもの ふーぽ

あま びえ と は

現在、Twitterなどネットで大流行中の 妖怪「アマビエ」。 その姿を描き写すことで、疫病の流行を防ぐご利益があるといわれており、現在の新型コロナウイルス流行の中、 さまざまな人がアマビエの姿を描いたイラストをネットにアップして、それが拡散しているんです。 だけど、そもそもアマビエっていったいどんな存在なのでしょう。 長年アマビエについて調査し論文を発表するなど、 アマビエ研究の第一人者である長野栄俊さん(福井県在住)が、わかりやすく徹底解説します。 一つの理由として、 珍獣・幻獣の姿を「見る」と除災招福の御利益が得られるとする心性の存在が挙げられる。 見たり、貼り置いたりするだけで寿命が延び、悪事災難から逃れられると人々は考えたのである。 そのため 安政5年(1858)のコロリ流行時には、虎列剌(コレラ)除けの摺物として「猿に似たる三本足の怪獣」の絵姿が江戸市中で売り歩かれた。 また明治15年(1882)にも東京の絵草紙屋(娯楽書や浮世絵の店)で「三本足の猿の像」が「コレラ病除けの守り」として売られた。 これらはともにアマビコであろう。 もう一つの理由は、 情報を得るための「書き写す」という行為が、現代からは想像できないほどの広がりを見せていたことである。 政治や災害など多様な情報を得るため、地方の豪農商や村の知識人までもがこぞって風説(情報や噂)を書き写した。 今も全国各地に当時の情報記録集(風説留)が伝わり、その中に予言獣の姿が書き留められている。 護符の効能を妄信したのでなく、 単に新奇なものを面白がって書き留めただけという可能性もある。 アマビコの姿を「見る」「書き写す」というお告げは、19世紀初頭から明治初年にかけての人々の思考や心性、行動様式にマッチした。 だからこそ予言する妖怪は、この時期に限って様々に形を変えて流行した。 しかし、新しく誕生した マスメディア=新聞の登場と入れ替わるようにして、その流行は終息する。 天保・安政・明治と少なくとも3度にわたって流行を見せたアマビコ(アマビエ)は、以後長く忘れ去られることになった。 最後の流行からおよそ140年。 コロリならぬ新型コロナの流行に直面する私たちは、SNS上でアマビエの姿を見て、リツイートや二次創作によって拡散を続ける。 では、ご利益はあるのか? じつは亜種であるアマビエは「早々に私の姿を写して人々に見せよ」とは告げるが、その御利益は明言していない。 一方、原種のアマビコの方は「私の姿を見る者は無病長寿、早々にこのことを全国に広めよ」と告げている。 SNSで見て、 拡散すべきは「アマビエ」ではなく「アマビコ」の方かもしれない。

次の