千曲 川 五木 ひろし。 五木ひろし

「千曲川 / 五木 ひろし」の楽譜一覧

千曲 川 五木 ひろし

千曲川 ちくまがわ 五木ひろし 武田信玄の川中島の戦いや真田家の上田城で有名な千曲川 『千曲川(ちくまがわ)』は、五木ひろしの歌で1975年5月にリリースされた歌謡曲。 作詞:山口洋子 作曲:猪俣公章。 曲名のとおり、長野県を流れる千曲川(新潟県から信濃川)を題材としており、失恋後に信濃路を一人旅する情景を歌った長野県のご当地ソングとなっている。 ただ、歌詞では、長野県の具体的な地名として千曲川と浅間山を挙げるのみであり、この曲のモデルとなった具体的な地域を特定するのは難しそうだ(おそらくモデルはない)。 なお、この歌詞は、島崎藤村の詩「千曲川旅情の歌」に触発されて作詞されたとされている。 この詩に含まれる「」は特に有名。 このページでは、武田信玄の川中島の戦いや、真田家が徳川軍に大勝した上田城といったような、千曲川沿いの有名な史跡について簡単にまとめてみた。 写真:千曲川(長野県南佐久郡川上村付近/出典:angler-s. com) 上田城と千曲川 千曲川付近の歴史としてはもう一つ、NHK大河ドラマ「真田丸(さなだまる)」でも描かれた「上田合戦(うえだかっせん)」が有名。 上田合戦は、信濃国の上田城付近で起こった真田氏と徳川氏の戦いの総称。 上田城の南側には千曲川(の分流である尼ヶ淵)が流れていた。 上田城は当時、「千曲川 尼ヶ淵城」とも呼ばれていたという。 上田城に攻め寄せた徳川軍だったが、真田軍の知略を尽くした反撃を受け撃退され後退。 敗退する徳川軍は、千曲川にそそぐ神川(かんがわ)付近まで追い詰められ、堰き止めておいた上流からの鉄砲水により多数の犠牲者を出した。 上画像:上田城の模型図(出典:Webサイト「アンモナイト化石館」) 関連ページ 島崎藤村が長野県小諸の懐古園で詠んだ旅愁の詩 武田信玄の格言や風林火山が歌詞に織り込まれた民謡調の歌謡曲 武田信玄と上杉謙信の「川中島の戦い」を題材とした詩吟 津軽じょんから節、ソーラン節、ちゃっきり節など、日本全国各地の民謡・ご当地ソング特集 『モルダウ』、『ローレライ』、『美しく青きドナウ』、『深い河』など、川・河に関連する世界の歌まとめ.

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ご当地歌碑 千曲川 五木ひろし[長野]|ClickTravel

千曲 川 五木 ひろし

作詞:山口洋子、作曲:猪俣公章、唄:五木ひろし 1 水の流れに花びらを そっと浮かべて泣いたひと 忘れな草に かえらぬ初恋 (こい)を 想い出させる 信濃の旅路 (たび)よ 2 明日はいずこか浮き雲に 煙りたなびく浅間山 呼べどはるかに 都は遠く 秋の風立つ すすきの径 (みち)よ 3 ひとりたどれば草笛の 音 (ね)いろ哀しき千曲川 寄せるさざ波 くれゆく岸に 里の灯 (ひ)ともる 信濃の旅路よ 《蛇足》 昭和50年(1975) 5月に発売され、同年の日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞しました。 千曲川は日本一の大河・信濃川の上流部分。 甲斐・武蔵・信濃が境を接する場所にそびえる甲武信ヶ岳 (こぶしがたけ) に端を発し、長野県東部を北流して、長野盆地の南端で犀川 (さいがわ) を合わせ、新潟県を流れて日本海に注ぎます。 この長野県内の部分が千曲川です。 沿岸には、島崎藤村『千曲川旅情の歌』の絶唱を生んだ小諸城址・懐古園があります。 山口洋子の詩は、おそらくこの藤村の詩に触発されたものでしょう。 NHKの「土曜特集・そして歌は誕生した」によると、猪俣公章のこの曲に星野哲郎が詞をつけた『笛吹川夜曲』という歌を、当時新人だった川中美幸が歌うことに決まっていたそうです。 ところが、猪俣の曲に惚れ込んだ山口洋子が、自分の作詞で五木ひろしに歌わせたいと願い、さまざまに交渉して譲ってもらうことに成功しました。 いわば横取りしたわけですが、彼女がそこまでこの曲に執心したのは、自分が『よこはまたそがれ』で世に出した五木ひろしの「NHK紅白歌合戦のトリを取りたい」という夢を果たさせるためだったといいます。 結果として『千曲川』は大ヒットし、五木ひろしは念願を果たしました。 「そして歌は誕生した」では、星野哲郎も川中美幸も『千曲川』の成功を祝福したと語られましたが、本心はどうでしょうか。 数々のヒット曲をもつ星野哲郎はともかく、春日はるみという芸名でデビューしたばかりだった川中美幸は、もし自分が歌っていれば……と思ったのではないでしょうか。 その山口洋子ですが、京都女子高中退後、昭和32年(1957) 東映第4期ニューフェースに選ばれましたが、鳴かず飛ばずだったため、女優をあきらめ、東京・銀座にクラブ「姫」を開店しました。 巧みな客あしらいと経営手腕で多くの著名人を顧客として獲得し、政財界や文化界に強力な人脈を築きました。 昭和40年代前半から歌謡曲の作詞に手を染め、内山田洋とクールファイブ、五木ひろし、石原裕次郎などの歌で次々とヒットを飛ばしました。 その後、小説も書き始め、昭和60年(1985) には、ついに直木賞を受賞しました。 こうして彼女は、夜の銀座が生んだ伝説の1つになりました。 なお、トワ・エ・モワのヒット曲『』を作詞した詩人・山口洋子は、同姓同名の別人です。 (二木紘三) つい最近のコメントがあずさ2号、千曲川と続きました。 信州は文学の舞台として度々登場しますが、一つには夏の軽井沢・追分が文学者のサロンでもあったことによるところが大きいかと思います。 避暑地軽井沢周辺は、都会の有産階級の恋の舞台としてしばしば扱われて来たのです。 しかし、藤村の場合は、地元であるが故にか、信州の暗い一面も描かれます。 小諸と軽井沢はそれ程の距離はありませんが、小諸に避暑地の匂いはありません。 『千曲川旅情の歌』の主題はまさに旅情ですが、私には藤村の孤独感が漂うように思います。 『千曲川』もまた好きな曲ですが、特に3番は明らかに藤村の詩をモチーフにしていますね。 投稿: Yoshi 2014年8月16日 土 19時01分 いい歌ですねえ。 『蛇足』にありましたように、「NHKそして歌は誕生した」、確か紺野美沙子さんが進行役だったと思います。 毎回楽しみにしていた番組でした。 それと「紅白歌合戦」、この二つの番組で見ていたと思うのですが、今初めて聴く思いがしました。 しっとりと心に沁みてきます。 昔、善光寺の7年目の御開帳を見てから、別所温泉の帰り、千曲川沿いに車を走らせました。 私はその頃、まだ運転免許を取っていませんでした。 千曲川沿いの景色が素晴らしく、運転している夫に「ほら、ほら見て、きれえい」と指差したら、「運転中だよ」 と言われてしまいました。 車好きな夫はべつに免許をとらなくてもいいよと言っていたのですが、この時、運転手は可哀想と思ったのがキッカケで私も免許をとりました。 それにしても千曲川沿いは素敵でした。 この歌も川の流れに添って素敵です。 大いに横道にそれますが、お許しください。 別所温泉の近くに、こじんまりとした「信濃デッサン館」の佇まいに引かれて入館して、びっくりしてしまいました。 あい光、関根正二、松本竣介、野田英夫、村山槐多などの絵がありました。 こんなひっそりした場所で彼らの絵に出会うなんて! このデッサン館を建てた人はすごいと思いました。 知る人ぞ知る夭折した画家たちとどんなつながりのある人物なのだろうと思ってしまいました。 その昔、あい光氏の奥様に取材させていただいた時がありました。 製作中の様子をこう語っていました。 「もう明けても暮れても、 描いたり消したり描いたり消したり、 不真面目ならなんとか言いようがあるんだけれど。 泣くほどにね、 それこそ死ぬほどにのたうち回るくらいに苦しんでいる」 一つ一つのデッサン画を観ながら、改めて夭折した画家たちの思いに気持ちを馳せてしまいました。 投稿: konoha 2017年9月27日 水 11時54分 昨年9月のKonoha様の投稿に触発されて、千曲川(信濃川)への思い出を。 私は北九州の生れ育ちですが、工業系大学3年の夏休みに、「工場実習(今で言うインターン)」で、千曲川、長野県・新潟県境の支流「志久見川」の水力発電所で約2週間、お世話になりました。 その発電所は、中部電力㈱様の施設で、九州から、列車で、東海道本線、名古屋経由、中央西線、篠ノ井線、飯山線経由で長野県下水内群栄村の森宮野原駅で降りました。 駅前には、「昭和20年2月、積雪7m85cm」の標柱が立っていて、度肝を抜かれました。 当時、20名位の社員の方が居られました。 実習後、幾ばくかのアルバイト料を頂いて、飯山線で北に越後川口駅に出て、上越線経由上野駅に出て(生れて初めての東京)、「はとバス観光」をして、九州へ帰りました。 今は、茨城県で、「定年有機農業」11年目になります。 あの千曲川の水源地が、甲武信ケ岳であったとは、最近まで知りませんでした。 叶うかどうか分かりませんが、改めて上流の島崎藤村縁の「小諸懐古園」等も訪ねてみたいものです。 投稿: 竹永尚義 2018年1月17日 水 16時18分 続けての投稿 お許し下さい。 竹永尚義 様 竹永さんが 私の高校の同輩と伺って以来、コメントはいつも 楽しみに拝見させて頂いています。 「千曲川」 曲も詩も、叙情的で歌っていても千曲川沿いの風景を彷彿とさせてくれるいい歌ですね。 konoha様のコメントにもありますが、千曲川沿いは、旅情をそそられるような素晴らしいところがたくさんありますが、宿泊されるのでしたら 小諸懐古園のすぐ近くで千曲川沿いにあり、藤村縁の「中棚荘」がお薦めです。 私は、「千曲川」と同じくらいに「長良川艶歌」も大好きです。 イントロの琴の音色がなんともいえませんね~。 定年有機農業 私の教会の親しい兄弟が、やはり10年くらいやっておられますので、時々農場に伺いますが、本当に農業は大変だと思います。 どうか、健康と「腰」に気をつけて頑張って下さい。 投稿: あこがれ 2018年1月17日 水 22時59分.

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千曲川 五木ひろし 歌詞情報

千曲 川 五木 ひろし

解説 [ ]• 同曲で1975年末の「」の白組トリに初めて抜擢された(大トリは紅組の)。 それから22年後、を直前に控えた末のでは「 (長野県)が舞台の名曲」ということで五木の歌唱曲として再び選曲され、今回は大トリとなった(対戦相手は)。 また五木が紅白でその年発表以外の作品を披露したのも初めてであった。 五木自身、「同曲は音域が広く安易に歌える歌ではない。 本当に歌うのが難しい歌だ」とコメントしたこともある。 1986年8月中旬までのシングルの累計出荷枚数は79. 3万枚(調べ) で、同時点で五木のシングルとしては歴代6位のヒットとなっている(デュエット曲を除く)。 収録曲 [ ]• 全作詞:/全作曲:• 千曲川(3分53秒)• 編曲:• 愛のいのち(3分52秒)• 編曲: 脚注 [ ] [].

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