まがれ つ 彼女。 「若年性認知症」と診断されたら世界はどう見えるのか?

麻賀禮(まがれ)

まがれ つ 彼女

「三番テーブル、五番テーブル、後七番テーブル。 立花急げ」 「はいッ」 「立花、そこ違うテーブルだぞ」 「すみません」 「違う、違う。 立花ちょっとこいッ」 「はい……」 昼になり、一気に人が店に来た。 そのせいで、俺は店内を走り回る羽目になり、最終的にはミスが多いせいで怒られた。 元々、会計とかむいていないのでこっちの仕事に回ったのだが、全くこなすことができていない。 横目で、立ち姿から綺麗な矢木先輩を見てグッと歯を噛み締める。 このバイトを初めて半年が過ぎたが未だに、上手くいった。 何て日がない。 それどころか、日頃の疲れから失敗が多くなっている気がする。 メニューは何回も聞かないと覚えられないし、厨房から出る際段差でこけるし、料理を違うテーブルに運ぶと、散々だ。 何度、先輩に怒られたことか。 これで、首にならないのはオーナーが優しいおかげである。 しかし、俺の評判は全く良くないから先輩からも、そして後輩からも白い目で見られている。 何も、上手くこなせないから。 「ま、頑張りたまえ。 立花君」 と、矢木先輩が俺と入れ替わりに厨房へ戻るとき肩を叩いた。 によによと口の端をあげて。 完全になめられているなと思い、また歯を噛む。 制服を直し、俺も厨房へ戻る。 辞めたいと、願う。 辞めれば楽になる。 楽になるが、生活が苦しくなる。 どっちを選んでも苦しいなら、家族のために働こうと俺は思う。 上手くはこなせないけど、多少失敗してでも良いからやり過ごそうと必死に動いた。 お客さんが注文したものに間違いが無いか。 それと、自分が持っている料理は何処のテーブルに運ぶのか。 頭はずっとフル回転していてとまることは許されなかった。 頭は回りっぱなし、体も動きっぱなしで精神がやられているような気もした。 気がしただけ。 両手に料理を持って俺は、次のテーブルへ走った。 「終わった………」 「オッス。 おつかれ~」 ロッカーに手をつきそのままずるずると俺は崩れ落ちた。 膝がガクガクしてたっているのがやっとだった。 エプロンを外したとき、どれほどの開放感を得たか。 額には汗がにじんでいて思った以上に息が上がっていた。 体力はあまりない方なのだと、自分でも実感した。 「何へばってるんだよ」 先輩は、俺の背中をバンっと思いっきり叩いた。 じぃんと背中が熱くなった。 だが、矢木先輩は何もなかったように、水の入ったペットボトルに口をつけて椅子に腰をかけた。 へばっているのは、確かだが結構今のはきた。 俺は、先輩の横に座り膝に手をついて上がった息を整えることにした。 これで、今日のバイトは終わり。 時給、1200円。 人手が足りないこともあり、ボーナスがもらえることもある。 だが、たった四時間働いただけで息が上がっているので、これから続けて行くと思うと、やっぱり辛い。 横に目をやると先輩は、またいつものようにスマホを弄っていた。 画面には女性のアイコンが映っており、この間できた彼女だと俺は察した。 先輩はチャラいがモテる。 だが、付合っても一ヶ月持つか持たないか。 いつも、違う女性を見る気がする。 この間も、ふられたとかいって俺に泣きついてきたのを覚えている。 二股かけて、二人の女性にぼこぼこに殴られふられたらしい。 けど、それでも懲りないのだからすごいと思う。 その精神が。 「あ、そういえば先輩……」 「出てけッ!このけだものッ!」 ガンッと鈍い音がした。 今叫んだのは、この店の店長だと思う。 俺と先輩は表に出て様子を見に行くことにした。 人だかりができていて、俺たちはその間をぬって進んだ。 人だかりの中心へ行くとそこには大柄の店長と小さな子供二人がいた。 小さな子供は、一人が七歳ぐらいの少年でもう一人は、五歳ぐらいの少女だった。 二人とも殴られたのか、体を震わせながら倒れている。 俺は、先輩に何が起きているのか聞くことにした。 矢木先輩はマジかよ……とつぶやき、頭をかきむしった後、けだるそうに答えた。 「何があたって、見りゃわかんだろ?ま ・ が ・ れ ・ 者 ・ がこの店に入ってこようとしたんだ」 「まがれ者?」 「ああッ!お前、まがれ者も知らないのかよ」 と、舌打ちをする。 初めて聞く単語だった。 まがれ者。 目を良く凝らして倒れている子供二人を見ると、肌がやけに青かった。 青いというか青緑というか、人間のような肌ではなくまるで魚か何かのような。 よく見ると、手の甲に小さい鱗が見えた。 でも、姿はどうしても人間にしか見えなかった。 周りにいる人たちは、写真を撮ったり電話したりと子供を逃がさないように周りを固めていた。 子供二人は、泣きながら肩を寄せ合った。 「許して下さい。 お金ならありますんで、どうかここで食事をさせて下さい」 「ダメだ。 うちは、まがれ者、立ち入り禁止なんだ。 他を当たってくれ」 子供達は、必死に頼むが店長は右手を前に出して何度も「ダメだ」という。 それでも直子供達はタ飲み続ける。 「先輩、まがれ者って何なんですか?」 「はぁ?んなことも知らねーのかよ。 まあ、しょうが無いから教えてやるけどさ……」 子供達のことは置いておいて、俺は先輩にまがれ者について教えてもらった。 まがれ者とは、違う種族同士が結婚しその間に生まれた混合種族のこと。 ちなみに、この世界には、九つの種族が存在する。 また、能力というものが存在する。 俺たち人間は、人族。 その他に、魚人族、巨人族、妖精族、鬼人族、魔人族、鳥人族、獣人族、神族と存在する。 地上には、主に神族以外の種族が暮らしていて、神族は天界。 と呼ばれる空の上で生活をしているらしい。 実際、神族に会ったことはないし、滅多に会えないというのだから、俺たち人間にとって神族は神話に出てくる神様でしかないのだ。 ちなみに、世界ではどの神を信仰しようが自由で神族はその進行度によって強さが変わるという。 本当かどうか知らないが。 神族の話はさておき、八つの種族はたがいの領地を犯してはならないという掟がある。 そのため、人界は人界、巨人族の生活する大地を巨人の大地。 と、それぞれの領地の境界線に「壁 ・ 」が建てられている。 この壁は何億も昔に建てられたもので、破壊は不可能。 たとえ、鳥人族であっても、その壁の周りにある特殊な重力魔法によって高くは飛べない。 壁を越えることも不可能である。 この壁により、各種族はたがいの領地に足を踏み入れることができなくなり、独自の文化を創り上げることができた。 ちなみに、どの種族も足を踏み入れることができる地域のことを中央地区。 といい、各種族の領地にただ一つだけある中央地区行きの一本電車に乗ることによりいける。 中央地区は、どの種族でも行くことができ、またそこで暮らす者もいる。 中央地区は、争い厳禁で各種族から数千人、見回り兵として町中を歩いている。 そのため、中央地区では争いといった犯罪などが起きることが少ない。 中央地区行きの一本電車は身分を照明するものがあれば、誰でもただで乗れるのである。 そして、中央地区の中心都市、中央区の中心部に神界へつながる神のエレベーターがある。 神のエレベーターには、無論神族しか乗れないが、ある条件を満たしたものや、神族に招待されたものが使うことを許される。 能力とは、どの種族も一つは持っている特殊な力のことだ。 能力は、その人の体に宿っているもので、魂が消滅しても、体が残っている限りその体を誰かが乗っ取れば、その体に宿る能力を使うことができる。 というもの。 能力は、当たり外れが激しく、死ぬまで自分のの力に気づかないものも少なからずいる。 体に直結している能力は、自信の身体強化などで強く、また強化をすることができる。 ちなみに、俺は自分の能力を知らない。 また、ここじゃ都市伝説ほどでしかないが「ギフト」通称神からの贈り物。 を持って生まれた人間がいるという。 ギフトとは、魂に直結している異能力のことで、能力とは異なり理に反するほどの力を持つ能力のこと。 能力と一番異なる点は、魂に直結していると言うこと。 魂に直結していると言うことは、転生してもその能力を使うことができる。 また、その魂を食えばどんな人間でもその異能力を使うことができるということ。 まあ、ギフトなんてそうそう持っている人間はいないし、そもそもギフトとは神が選んだ人間にしか与えられない貴重なものなのだ。 それで、違う種族同士が結婚し、生まれた混合種族、まがれ者は両親に全く似ず容姿は誰が見ても吐き気がするほど気持ち悪い。 と先輩は言う。 目の前にいる子供達も、人族と魚人族の要素を持ち合わせているがなんとも言葉では表しにくい姿をしている。 まがれ者が入れない施設や場所は多くあり、まがれ者立ち入り禁止。 という看板を掲げている店も少なくはない。 いや、ほぼそうだ。 まがれ者は、容姿だけではなく能力も以上で暴走すると誰に求められない。 まがれ者の大半は、両親の容姿、能力を受け継がない。 だから、自分の子供だと思わない親もいるらしい。 願ってもいないものが生まれた。 という理由で捨てる親が多いとか。 それほど、まがれ者は忌み嫌われている存在なのだ。 一つ特権があるとすると、二つの領地を行き来できること。 人族と魚人族のまがれ者なら、人界と魚人の大洋、領地のどちらでもすむことができる。 それが、ただ一つの特権だ。 「出て行け。 この望まれなかった化け物め」 店長はそう言って、二人を蹴り飛ばした。 まがれ者の二人は向かいの家の壁に頭を打ち気絶した。 その数分後、人だかりはなくなりいつもの静けさが戻った。 望まれなかった………か。 『俺だって、こんなんじゃなかったッ!望んでない、こんなの、間違ってるッ!』 顔をくしゃくしゃにして、誰かにそう叫ぶ。 紅い紅い瞳から涙が流れては落ちる。 そんな映像が頭の中を流れ消えた。 望んでいない。 そりゃそうだろうな。 誰も、望んで今の姿になったわけじゃないのだから…… 「んじゃ、またね。 立花君」 「はい。 先輩も」 仕事道具をしまい私服に着替えた俺は、先に彼女とデートだからといって慌てて出て行く先輩を見送って外に出た。 この後は、何もないから近くのコンビニで昼食をとることにする。 四時にはスーパーのセールがあるか……と、俺は考えながら、店の前で足を止めた。 誰もいない店の前であの二人は倒れている。 あの二人は、まだ目を覚まさない。 まがれ者というだけで、これほどの扱いを受けるなんて考えもしないだろう。 助ける理由もないので、俺はコンビニに向かおうとしたが、不意に良太や施設の子供の顔が頭に浮かび離れなくなったので、グッと右手を握って走った。 「……起きろ。 大丈夫か?」 「ん?」 コンビニで、俺は二人分のおにぎりを購入した。 お金はないが、どうしてもあいつらと重なって仕方が無いので、本当に仕方が無かったから二人に食料を買うことにした。 頬をペちぺちと叩いて起こし、やっと少年の方は目を覚ました。 その後に続き、妹、の方も目を覚ます。 俺は、何も言わずおにぎりを二人の前に差し出した。 「ほら、食え。 お腹すいてたんだろ?」 二人は目を見合わせて、俺の方を向いた。 その目には、喜び、不安といった複雑なものが浮かんでいるようでなんとも言えなかった。 ただ俺は、二人におにぎりを差し出し微笑むだけ。 少しして。 二人は「うん」と声を合わせて、俺の手から奪うようにおにぎりをとり、かぶりついた。 「美味しい。 美味しいよ……」 と、声にもなっていないような言葉で二人は目から涙をこぼしていた。 そして、幸せそうな顔をして俺を見た。

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ロングヘア女子必見♡エッチ中の髪型で彼の興奮度がアップ!

まがれ つ 彼女

概要 [ ] がのために用意した3つの駒の一人。 「死に接触して快楽する存在不適合者」。 略歴 長野の名家「浅神家」に生まれる。 里では異能が元で鬼子と忌み嫌われ、迫害されていた。 6歳の時、実父に異能を封じようとアスピリンと大量のインドメタシンを投与されて、無痛症になる。 当時の主治医はこれらの薬品と共にステロイドも横流ししたことから、デビック症なのではないかと推測している。 後にままごとで誤って手の平側の指の間を切り刻んだ時には、母の言う痛みが何のことか分からなくなっていた。 12歳の時、浅神家は没落し、分家の「浅上家」に母が嫁ぐ形で引き取られる。 継子になったことで、貞淑で優等生で普通の子であろうと努めるようになった。 中学は地元の学校に通い、この時に出会う。 高校から礼園女学院に編入し、現在1年A組。 定期的に主治医の診断を受けるために、礼園女学院では例外的に月2回、町に出ることが認められている。 この外出が事件が起きた一因である。 本編から10年後の未来では、5年近く交際している恋人のために花嫁修業中。 裏では過去の贖罪として世の不合理をいろいろねじっているらしい。 人物 長い黒髪は前髪を切り揃え、耳元の髪は結わえている。 また琥珀色の瞳を持つ。 絵では紫髪で結わえておらず、目も赤い。 穏健で優しく、聡明。 言動は思慮深い。 服装・容姿は高校生らしい清潔感を感じさせる。 節度ある振舞いや生活態度は小中高一貫して教師から高評価を受けており、扱いやすい生徒だったとのこと。 病弱なため学校を休むことが少なくないが、協調性が高くクラスメイトとの関係も良好で、トラブルを起こしたことはない。 その一方であまり自己主張が強くないことを心配する声もあった。 学力は高く、成績は常に学年トップクラス。 数学や物理などの理系科目を得意としている。 苦手科目は特にないが、国語の作文等で『感情表現に乏しい』と評されたことが何度かある。 温和で受け身な性格だが、一度たがが外れると自分では止まれないタイプ。 無痛症の為、常識を「理解」はできているが「実感」はできていない。 式が生の実感をもてないこととは似て非なる。 『終末録音/the Garden of oblivion』では、ホラー映画に対して詳しい様子を見せた。 能力 能力は視界内の任意の場所に回転軸を作り、歪め、捻じり切る「歪曲」。 ようするにサイコキネシス。 彼女の能力は超能力であるものの、人為的に手が加えられているためにと超能力の間にある。 一度封じられたことでその力は強まっている。 複雑なことはできないが、物の大きさ物理的な強度に左右されず問答無用で曲げられるため単純な数値比べであれば『』中最高の性能。 右目は右回転、左目は左回転の回転軸を発生する。 この視線を両儀式の直死の眼で視ると、緑と赤の螺旋として捉えられる。 歪曲の魔眼は概念や藤乃自身が『これは曲げられない』と認識したものは歪曲することができない。 一例にが挙げられる。 式との戦いの最後に透視能力(クレアボイアンス)が発現し、橋の全景を千里眼で丸ごと視界に収めて入り口出口を二箇所同時に曲げるなど凄まじい力を発揮したが、橋曲げの代償に視力が低下してしまう。 その後歪曲の魔眼は『未来福音』のコミック部分にて使用し、その後の藤乃が世の不条理を曲げる仕事をしているため、使用可能であると思われるが透視能力についてはどうなったか不明。 『終末録音』では話の性質上現実で全く同じ性能とは限らないが、寄宿舎を潰してゾンビを一網打尽、森の一部を丸ごと捻って更地に変えるなど、かつて式と戦った時以上の歪曲を可能としている。 詳細は「」を参照。 登場作品と役柄 [ ] 空の境界 [ ] 「痛覚残留」にて不意に得てしまった痛みと生の実感を失わないために、7人殺害する。 終盤、痛みで思考が麻痺した彼女は、しばし幼年期に戻っている。 Fateシリーズ [ ] イベント「the Garden of Order」にて概念礼装「歪曲の魔眼」に登場。 無痛症を表してか、防御力が下がるデメリット効果が付いている。 その復刻版にてアーチャークラスで実装された。 その他 [ ] 所属不明。 幹也の娘を見て激しくショックを受けていた。 人間関係 [ ] 浅神羽舟 実父。 藤乃の異能の力を封じようとした。 浅神家は当代で没落。 浅上康蔵 継父。 資産家で、藤乃を最悪殺すように依頼した。 浅上麻雪 実母。 藤乃が無痛症であるとは知らず、怪我した時は痛いだろうと労わりながら手当てしていた。 夫が残した借金を、康蔵が肩代わりする形で再婚。 彼女のような貞淑さが藤乃の理想の女性像だった。 主治医 幼少期に充てがわれていた闇医者。 現在は秋田に住み、藤乃が行方不明と知って彼女の身を案じた。 専属医 都内の医者で、月2回の定期診断をしている。 彼女が慢性虫垂炎だと診断していたが、本人には伝えていなかった。 中学の時に出会った、憧れの人。 高校から編入した者同士で、友人となる。 彼女が幹也の妹である事は知らないが、彼女に幹也を紹介されそうになった事はある。 安藤由子 同じ学校の生徒。 かつて、「どれだけ苦しくとも、この世界を綺麗だと信じてほしい」という言葉を受け取った相手。 同じ学校の生徒。 由子を共通の知り合いに持つ相手として、死に向かってゆく彼女を止めようとする。 橙子や幹也は金属バットで殴られたことのみが無痛症の治った原因だと思っていたが、本当の意味で「体の異常を治した」人物。 はじめて嫌いと思った相手。 湊啓太 彼女に暴行したグループの生き残り。 彼の知り合いを殺して回って追い詰めようとする。 高木彰一 7人目の被害者。 藤乃との接点は皆無であり、完全な快楽殺人だった。 名台詞 [ ] 「 凶 まがれ」 歪曲の魔眼発動キーワード。 」 「でも、それと同じぐらいに恐いひと。 それは似て非なる異常性を持つ両儀式に対する「自分は違う」という否定からくるものだった。 このとき、一緒にいた鮮花は藤乃が他人を嫌いと言ったことに驚いていた。 メモ [ ]• 最近、礼園女学院を手本とした学校ができ、藤乃の父が出資している。 らが通う 浅上女学院のことか。 とのキャラクター性は彼女が原点。 性的暴行を受け続けた末に暴走した点も共通している。 式との戦い以降は視力が落ちている。 劇場版の映像や、『』に収録されているコミックスでは杖を突いている姿が描かれている。 完全に視えなくなったわけではないが、視線を媒介としなければならない魔眼の力は衰えているとされる。 ただし、『未来福音』に収録されているコミックスでは魔眼の力が健在である様が描写されている。 2012年に武内崇が出した同人誌『春と月と空と』によると胸の大きさは「豊」とのこと。 関連商品 [ ] 脚注 [ ] 注釈 [ ].

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「若年性認知症」と診断されたら世界はどう見えるのか?

まがれ つ 彼女

この『今日のわたしは、だれ?』は、2014年に58歳で若年性の認知症の診断を受けた女性が綴ったブログ記事を中心にまとめたエッセイ/体験記である。 認知症といえばしだいに記憶が失われていき、簡単な単語が思い出せない、見えているはずのものが見えなくなる、おそろしい病気として知られている。 著者ウェンディ・ミッチェルは、認知症を発症する前は国民保健サービスでバリバリ働く知性的な人間だったが、だからといって彼女がそうした病気の流れに逆らうことができるわけではない。 徐々に記憶が、能力が失われていく過程が本書には克明に記されていく。 記憶が失われ、ほんの少し前のことも思い出せない人間が、そんな自分の状態を文章に落とし込めるものだろうかと疑問に思うかもしれない。 が、本書には幸いにもその光景がクリアに描きこまれている。 ある時突然前は覚えていたはずの簡単な単語が思い出せなくなる恐怖。 死んだはずの自身の母親がみえる。 自転車でなぜか右に曲がることができない。 そうした異常事態を前に、混乱し、立ち止まって、「何が起こっているのか」と自問自答しながらその恐怖をしっかりと書き残していく。 認知症患者がどのようなことに困っていて、彼らはどのような世界を見ているのか。 何をしてもらったら嬉しくて、何が悲しいのかといった彼らから見えている世界。 認知症は恐ろしい病気だ。 自分はなりたくないし、身近な人にもなってほしくないと目をそむけたくなる。 でも、それは確かに存在するのだから、その時にどのようなことが起こり得るのか、知っておいても悪くはないだろう。 何が起こるのか 最初はそもそも病院にかかりはじめるところから話がはじまる。 なんだか頭がぼんやりして、集中できないことが続く日々。 そんなある時、いつものコースをジョギングしている最中に突然転倒してしまう。 かかりつけ医にかかっても、年齢のせいでしょうとしかいわれない。 確かに58歳というのは若くはない年齢だ。 だが、ある時から舌のもつれを感じるようになり、検査入院にまで至り、卒中の可能性を指摘される。 その後、「三つの単語を覚えておいてください」といわれ、その単語を時間をおいて聞かれる簡単な記憶テストを受けるが、それが答えられず、認知症の可能性が高まっていく。 実際、この時すでに認知症の傾向は出始めている。 著者が会議で発言中、どうしてもある言葉がでなくてどもってしまう。 で、アルツハイマー型認知症と診断されてしまうわけだけれども、そこからは失われていく記憶との戦い、撤退戦の記憶である。 勤めている会社に打ち明け、稼ぐ必要もあって自分としてはまだ働く気があるもののゆるやかに退職を促される。 アガサ・クリスティーの小説を読めば、途中で出てきた登場人物が突然出てきたのか最初から出ていたのかわからなくなる。 自転車に乗ってでかけるのだけど、脳の配線が狂っているのか、どうしても右にまがることができない。 窓から外を眺めた時、存在していたはずの物置小屋がなくなっていて、論理的思考力は強盗が小屋を盗んでいったのではないかと推察してパニックになりかける。 しかし、同時に別の部分は突然物置小屋がなくなることなどないとわかっていて、 『30分後にまたここへ戻ってこよう。 それでもまだ小屋がなかったら、現実と言えるだろう。 』とストップをかけ、実際に30分後に戻ってきたら小屋は変わらずそこにあった。 彼女には、認知症になってからこの手のことがよく起こるのだという。 ポジティブな側面 これらは、認知症におけるネガティブな側面といえるだろう。 幻覚に惑わされ、今までできていたことができなくなる。 だが、喜びがなくなったわけではない、と語る。 認知症を抱えながら生きる道はある、完全な終わりはほど遠く、終わりの始まりで、ただの読点にすぎないのだ、と。 わたしは長編小説から短編小説に切り替えて、筋そのものよりもページの一節に喜びを見出だせている。 詩や、幼い娘たちに読んで聞かせた本の楽しさも再発見した。 いろいろ失ったが、得たものもある。 そして、ふとした瞬間に、進行性の病はきわめて特殊な形で精神を集中させるのだと、わたしは気づく。 こうした考えが、このごろはよく頭に浮かぶ。 自転車で右にまがれなくなったこともそうだ。 たしかに右に曲がれない、だが左にしか曲がれなくとも大きく円をかけば右の方にいくこともできる。 チャレンジするだけの価値はある。 それができなければ家に縛り付けられているだけだからだ、といって見事成功させてみせる。 非認知症患者からすればこんなのできて当たり前のことだが、認知症患者からすれば勝利の一歩であり、自由の獲得なのである。 そこには、たしかに高揚がある。 『わたしは顔に笑みをたたえて、あちこち出かけるだろう。 またしてもアルツハイマー病の裏をかいたのだ、と喜びつつ。 』 おわりに 毎日お前はばかだと言われたらそう思いこむようになるのと同じで、認知症の病人だとしょっちゅう言われたら、たとえ事実だとしてもよりその傾向が加速してしまう。 だから、できればポジティブな言葉をなげかけてほしいといったり、どのように接することが認知症患者にとって楽なのか、という書き込みも多く、これらは自分が認知症を患っている人に対しどう対応すればいいかの指針になってくれるだろう。 彼女は現在、アルツハイマー協会のアンバサダーを勤めていて、講演などで多数の活躍をしている。 そのような活動を通して彼女が出会ってきた相手の中には、認知症を患った結果、スイスの安楽死クリニックにいって自分の人生を終わらせようとしている人のエピソードも出てくる。 徐々に失われていく「わたし」を抱えて、残された生をどのように生きるべきなのか。 そこに普遍的な正解はないのだろう。 これは完全に余談だけど、本書を読んで思い出したのは福本伸行の漫画『天 天和通りの快男児』であった。 こちらも、その最終章についてはアルツハイマーと安楽死の問題、「どう生きるのか」を扱った傑作のひとつである。 中心人物であるアカギは最後の最後、自死を選ぶが、それはすっぱりと割り切った果にあるものではなくて、アカギなりの無念や葛藤を抱えた上で「それでも良し」と死んでいくのがアカギなんだよなあ。 思わず今回、『今日のわたしは、だれ?』を読み終わった後いてもたってもいられずKindleで最終巻付近を買って、読み直してしまった。 huyukiitoichi.

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