ある日お姫様になってしまった件についてネタバレ 75。 Mercury GLobal

彼女が公爵邸に行った理由75話ネタバレ

ある日お姫様になってしまった件についてネタバレ 75

出典元:「ある日、お姫様になってしまった件について」21話、24話、37話 本作の主人公。 アタナシア(Athanasia 、不滅という意味の名を持つ。 不死の意味を持つ名前は、後に皇帝となる正式な後継者にしか許されないが、彼女の母ダイアナが死に際に名付けた。 愛称はアーティ。 クロードの唯一の実子。 直系の皇族の証である宝石眼を持ち、ダイアナそっくりの容姿をしている。 本来の彼女は孤児院出身で、貧しい暮らしを送る地球の社会人だったが、ある日突然、異世界のオベリア帝国・皇帝の一人娘として転生していた。 前世では、前日に睡眠薬を飲んで眠ったため、睡眠薬のせいで死んだ可能性がある。 彼女は、仕事先で客が忘れていったロマンスファンタジー小説「かわいらしいお姫様」の内容と一致する世界に来てしまい、しかも実の父である皇帝クロードに愛されることなく、濡れ衣で彼に処刑されてしまう悲劇の姫・アタナシアとして転生してしまった。 小説の内容では、9歳で初めてクロードに会い、18歳で処刑される。 なので、生き残るためにこっそり逃走資金を貯め、クロードに会わずにして皇宮から脱出しようと計画する。 だが実際は5歳でクロードに出会ってしまった上に、どういうわけか頻繁に会うようになってしまう。 いつクロードの機嫌を損ね殺されるか戦々恐々と過ごすうち、ある程度の慣れが彼女を強くする。 現在、彼女の身体に収まりきらない魔力が、黒い子犬の神獣となって彼女の傍にいるようになった。 クロード・デイ・エルジェア・オベリア• 出典元:「ある日、お姫様になってしまった件について」24話、30話 オベリア帝国の現皇帝。 アタナシアの実の父。 帝国を救った英雄と称される。 後継者であった兄を殺し、今の地位につく。 そのため、クロードの名は不死に関するものではない。 宝石眼を持つ。 冷血な性格で、感情の起伏がない。 日々4時間くらいしか寝る時間がないので、いつも眠そうである。 愛した女性ダイアナがアタナシアを産んだ直後死んでしまったので、後宮のルビー宮にいる者たちを皆殺しにした。 生まれたばかりのアタナシアも殺すつもりだったが、ダイアナが名付けた不死の意味をもつ帝王の名を聞き、踏みとどまる。 だが、その後ルビー宮に立ち寄ることをせず放置し、アタナシアが5歳になるまで一度も会うことがなかった。 そのため、子育てに関してやや無知である。 小説内では、クロードの前婚約者との間にできた、彼に隠され育てられていたジェニットという可愛らしい娘と出会ってから、ジェニットだけを溺愛するようになる。 そしてアタナシアを一度も愛すことなく、濡れ衣でアタナシアを殺す。 実際には、無愛想ながらなんだかんだアタナシアを構うようになり、彼女が血を吐き気を失ったときは、ひどく動揺していた。 ジェニット• 出典元:「ある日、お姫様になってしまった件について」23話、31話 原作の正ヒロイン。 隠され育てられたクロードの娘という設定。 天真爛漫で純真な彼女は、アタナシアとは違いクロードに愛され、さらにイゼキエルという優秀な婚約者と幸せに暮らすと原作には書かれている。 クロードの元婚約者フェネロペ・ユディットが生みの親だが、クロードの兄アナスタシウスとの不倫で産まれた子なので、クロードの実子ではない。 その上、アナスタシウスの実験により黒魔力を吹き込まれたという、混ざった子だ。 出産の際、フェネロペは死亡。 クロードの実子ではないことは、クロードと原作を知るアタナシア以外、誰もいない。 現在はアルフィアス公爵家で、身分を隠した状態で保護されている。

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ある日お姫様になってしまった件についてネタバレ 75

彼女が公爵邸に行った理由75話ネタバレ (え…?何かの聞き間違い?) レリアナはジャスティンの発言にキョトンとしながら戸惑います。 「あ…あの…その…、返していただけませんか?」 「タダで?」 「あっ…お金?お金が必要ですか?」 親指と人差し指で丸を作ってみせるレリアナに、ジャスティンは溜息します。 「そういうことではなく…そんなに私がお金に困ってそうに見えますか?」 「そ…そういう意味ではないのですが…」 (お金でどうにかなると思ったのに…) レリアナは内心舌打ちします。 「一度私と食事をしていただけませんか?」 笑顔でそう言うジャスティンに、レリアナは目を逸らしながら「お断りします」と返します。 レリアナの反応が意外だったのか、ジャスティンは目を丸くさせました。 「ハハ…即答すぎませんか?食事をするだけだというのに…」 「下心のあるお誘いはお受けできませんので」 「バレました?」 ジャスティンは笑います。 「それにそれは婚約指輪ですよ」 「ええ」 「婚約指輪があるということは、婚約者がいるという意味です」 「それが何か問題でも?」 (?) 何を言っているんだと言わんばかりに、レリアナは困惑します。 「以前私に話してくれたじゃないですか?政略結婚のことも…その人には他に相手がいるってことも…」 「あ…それは…」 (あの時はとっさにそう答えただけで…。 かといって本当のことを言うわけにもいかないし…) 「私って性格悪いでしょう?」 「ええ、とても」 「ではこれはどうですか?恋人のフリをしてください。 昔の恋人がいまだに便りを送ってくるんです」 「いい加減にしてください!」 苦笑いするレリアナ。 「困りますか?」 「わかってるならこれ以上私を困らせないでください」 ジャスティンは相変わらず飄々とした態度です。 「このまま名前も教えてくれないのですか?」 「私の名前を知ったらすぐに指輪を返したくなると思いますよ」 レリアナのセリフにジャスティンは疑問符を浮かべます。 「どういう意味ですか?まぁ…聞いてから考えることにします」 「レリアナです。 レリアナ・マクミラン」 「素敵な名前ですね。 ですが返したくはなりませんでした」 「ウィンナイトといえばおわかりになるでしょう。 私の婚約者、ウィンナイト公爵様です」 ジャスティンの顔から笑みが消えました。 「なんと…予想外の強者だ…」 (ウィンナイト公爵に愛してやまない婚約者がいるということは聞いていたが…) ジャスティンの脳裏には、いつの日かの殿下との会話が思い出されます。 (実は別に恋人がいて、婚約者とは政略結婚をした仲だと?つまり…表面上だけ愛し合っているフリをしているというのか?) レリアナはジャスティンの前に両手のひらを差し出します。 「何ですか?」 「早く指輪」 「私と取引しないんですか?」 「だから私はウィンナイト公爵様の婚約者なんですよ?」 「それが何か問題ですか?」 「はい?」 思いがけないジャスティンの対応に、レリアナは驚きを隠せません。 「ひとまず取引しましょう。 私…ケチな男なので」 (せこい…せこすぎる!) 「それにレリアナ、公爵様に匹敵する容姿を持つ者など私以外いないと思いますよ?」 「それ…本気で言ってるんですか?」 自信満々なジャスティンに、レリアナはドン引きです。 ジャスティンはレリアナの手を取りました。 「もちろん。 だからあなたは私と取引すればいいのです。 もちろんこれはあなたの望みではなく、全てはこの指輪のためですから」 「…慣れてますね」 そっとジャスティンから距離をとるレリアナ。 「あなたは確かに魅力的な人です。 ですがお断りします」 レリアナは真っすぐジャスティンを見据えて言いました。 「指輪は正直に失くしたと話しますので。 どんな事情があっても、私は今ウィンナイト公爵様の婚約者です。 不誠実なことはしたくありません。 その素敵な容姿は、他の人のために残しておいてください。 指輪はまぁ…煮るなり焼くなりしてもらって…」 (もうこれは一生働いて返すしかないわね…。 せっかく生き返ったのに、借金返済で一生を終えるなんて…) ジャスティンに対して気丈な態度を見せるレリアナですが、密かに涙します。 「…なかなか手強いですね」 「ええ…高貴な身体ですので」 「では、ただの友達としてはどうですか?」 「…?」 「恋人とかではなく、友達として会ってくれませんか?それなら大丈夫でしょ?」 「私を異性として見る友達ですか?」 レリアナはジャスティンへ訝しげな視線を向けます。 「よくよく考えてみたら、男女の儚い愛情なんかより友情のほうが美しいと思いまして…。 それとも…友達としても嫌ですか?おいしいお酒もたくさん紹介できるのに」 その時、突然部屋の扉がノックされました。 現れたのは、王城の使用人です。 「マクミラン姫君、殿下の命を受けて参りました。 殿下が姫君を呼んでおられます」 (バレないようにこっそり来たのになぜ…?) 突然の呼び出しに、レリアナは思わず唾を飲み込みます。 レリアナの反応に疑問符を浮かべているジャスティン。 使用人のあとを着いていく途中、レリアナはジャスティンを振り返って見ます。 「友達ならいいですよ」 そのセリフに、ジャスティンはパァと顔を明るくさせました。 「では友達として一度抱きしめてもいいですか?」 「お断りします」 「ひどいなぁ…友達だってのに」 「先ほどの発言、撤回したいのですが…」 75話はここで終了です。

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ある日お姫様になってしまった件についてネタバレ 75

総合:60点 ( ストーリー:65点|キャスト:75点|演出:60点|ビジュアル:70点|音楽:65点 ) 父親の心配をよそに、何も知らない息子は能天気にいつもどおりの日々を過ごす。 もちろん身よりも無く自閉症の息子を1人残すわけにはいかない父親が、息子の将来を思って精一杯のことをしようとするのは理解出来る。 しかしこの親子関係の深さが伝わる描写が少なくて、何か父親が1人で頑張っている姿が浮いて見える。 それに展開が少なくて退屈する。 後半になると、父親と近所の女性、息子と劇団の女性の絡みが出てきて動きがありまともになってきた。 しかし音楽と映像で抽象的に伝えられる愛情や将来についての演出が、やはり中途半端というか観念的すぎてはっきりしない。 総じて時間を持て余し気味だった。 一度も敵を殴らず鍛えられた肉体も晒すことなく地味な父親を演じたジェット・リーとその息子、そしてその2人に絡む2人の女性の演技は良かった。 ここがこの作品の一番の見所だった。 末期がんにより余命いくばくもない父親が、自閉症の息子に、文字通りに命がけで生きるすべを教えようとする。 アクションスター、ジェット・リーの抑制された演技が光る。 そしてもう一つこの作品で光るのが躍動的な水中シーンと、抑えた光彩が静かな雰囲気をもたらしているクリストファー・ドイルの撮影。 特に冒頭の小舟から飛び込む心中未遂のシークエンスは、その色彩と被写体のとらえ方がキム・ギドクのそれに似ていると感じた。 この物語は確かに父親がいかに息子を案じているのかというところに焦点が結ばれている。 しかし、この泳げない父親は何度も泳ぎの得意な息子に命を助けられているのだ。 冒頭の心中が未遂に終わったのは、水中にもかかわらず足に括りつけられた錘をほどいた息子のおかげだ。 そのせいで二人の命が助かったのだ。 そして、照明設備を点検中のプールに浮いた息子が感電していると早とちりした父親は、自分が泳ぐことも出来ないのにプールに飛び込み、結局は溺れてしまったところを息子に助けられる。 このように、親は自分で思っているほど子供の命や運命をコントロールすることは出来ずに、むしろ子供によって命を長らえたり、運命が変わったりするものなのだ。 どのような子供が授かろうとも、それは自分ではどうにもならない運命であり、そのほかの人生は存在しない。 親も子も、一度この世に親子として生を受けたからにはその生を全うするしかないのだ。 終盤で父親の口から言及される、この子の母親の死んだ理由はまさに、この生の受け入れを拒否することを示唆している。 父親に思いを寄せる女性とグイ・ルンメイ演じるサーカス団の女の子も静かに自らの運命を受け入れて、強く生きている。 だからこそ二人ともさわやかで魅力的なのだ。 ここには「本当の自分探し」はない。 自分が今生きている現実の中で、どうしたいのか。 何が楽しいのか。 何が大切なのか。 その問いに正直に答えている人々で紡がれた物語である。 ネタバレ! クリックして本文を読む 水族館で働くワンは妻亡き後、自閉症の息子ターフーを男手一つで育ててきた。 だが、ある日ワンは癌で余命僅かである事を知り…。 ジェット・リーがアクションを封印した感動作。 ジェット・リーがとてもイイ!愛情深い父親が様になっている。 アクションでは鋭い眼差しが、本作では何と優しい事! 脚本に号泣し、ノーギャラで出演したジェット・リーの並々ならぬ意気込みが伝わってくる。 息子ターフーを演じたウェン・ジャンもお見事! 息子と言っても20歳の青年なのだが、その純真無垢な姿が可愛らしい。 冒頭、海に飛び込み心中するシーンから始まり、驚くが、後から、泳ぎが得意なターフーによって助かった事が分かる。 ワン亡き後、一人で生きていく事が困難なターフーを思っての行為。 死を選ぶなんてもってのほか!…と思うが、自閉症の子供を抱える親の苦労なんて計り知れない。 ましてや保護すべき親は死を宣告されている。 大変だね…とは、平凡な生活を送る者の偽善かもしれない。 一命を取り留めたワンとターフー。 直接的な描写がある訳ではないが、それはターフーが死を拒否したのだろう。 自閉症は自分の世界に閉じこもるとよく聞くが、上手く感情を伝えられないだけという劇中のセリフが印象的。 ワンは死よりも生を選び、最期の時までターフーに一人で生きていく術を教える。 買い物の仕方、卵の割り方、バスの乗り降り、水族館の掃除…。 覚えるのがゆっくりなターフーに、ワンは焦りや苛立ちから怒鳴る事もあったが、一つ一つ手取り足取り教えていく。 謙虚で真面目なワンに、周囲は手を差し伸べる。 密かにワンに好意を抱く隣人女性はターフーを引き取ると言う。 ターフーが幼少のお世話になった先生の手配で施設に迎えられる。 人と人の繋がりの温かさに救われる。 海や水が効果的に使われ、青を基調とした名手クリストファー・ドイルによる映像が美しい。 久石譲が奏でる音楽も心地良い。 父は逝ったが、父の教えを守り、一人で生きていくターフー。 周囲が温かく見守る。 好きな水の中で大好きだった父の温もりを感じるターフーの笑顔には悲しみは微塵も無く、爽やかな感動が胸に染み入る。 ネタバレ! クリックして本文を読む 名画座にて。 身近な知り合いに自閉症の息子を育てる夫婦がいる。 まだ赤ん坊の頃、我が家の子供と違って全く泣かない その子に、私は羨望の眼差しを向けたことすらあった。 なんて手のかからないいい子なの、と。 程なくしてその子が自閉症であることが判明し、 それから夫婦は二人三脚で今は高校生の息子を育てている。 今作を観て、あぁ…と思う場面が幾つもあった。 もちろん映画的に脚色され編集され美化はされている、が 自閉症の子供を持つ親が、その子と共に、どういう立場に 於かれているかが 日本と比べても よく描かれていたと思う。 冒頭で父 J・リー は、息子とロープで足を結び合い、心中を 図ろうとする。 ボートからドブン、と飛び込んだ水の世界は 息子にとっては夢の世界だった。 魚に生まれたら良かったのに、 と父親が言うとおり、難なく息子は水面へと顔を出して笑う。 末期の肝臓がんに冒されてしまった父は、余命幾許もない。 この子を遺して死ねない。 自分が死んだらこの子はどうなる。 気が狂いそうな思いで受け入れ先を探す父だが、成人した 息子を引き取ってくれる施設は何処にもなかった。 泣いても 悩んでもどうにもならないのが、こういった酷い現実である。 ただ今作では、彼らに無数の人々が手を差し伸べている。 温かな眼差しで見守りながらも、やはり問題が起これば手の 施しようがない息子を、父は治療を拒んで再教育し始める。 何とか生きてゆけるように。 ひとりで生活していけるように。 こういう親の願いは、どの親とて皆同じだ。 そして、これだけ長い間子供の傍に寄り添って暮らしていても、 子の心親知らず。 親の心子知らず。 が、まだまだあるわけだ。 ただ悲しいだけでなく、切ないだけでなく、そういった現実を しっかりと描くことが今作にもある希望に繋がるのではないか。 旅芸人のピエロの女の子に恋をしたり、父親に逢えなくなり 駄々をこねたり、ターフー役ウェン・ジャンの演技には文句の つけようがないほどである。 さらに泳ぎもかなり巧い! 息子のいなくなった部屋にポツンと座るJ・リーの演技を観て、 彼が少林寺より今作を選んだことをブラボー!とすら思った。 二人の演技の密度が濃く、互いの気持ちが深まるほど今作は 通じ合う親子の絆に泣かされることになる。 とはいえ、涙を 流せ~と迫りくるわけではない。 例えば自分と親に置き換えて 考えるとそこに存在している強固なものに触れた気がするのだ。 妻に先立たれ、自身も病に倒れ、遺るは息子ひとりとなる。 この先、彼は毎日を楽しく生きてくれるだろうか。 海亀と泳ぐことを楽しみに仕事に励んでくれるだろうか。 心配で心配で心配でたまらないけれど、彼を見ているとなぜか 幸せな気持ちになる。 本当に生まれてきてくれて有難うと思う。 親ならこうあるべきなのに、私はこの父親のどれだけ分でしか 子供に愛を注げていない気がして恥ずかしい。 思うより行動か。 じゃあ、現金で頼むよ。 観て良かった、良い映画でした。 衝撃的な場面から始まり、そして何事もなかったように生活する二人。 父から生きる術を少しずつ授かって、少しずつ自分のものにする自閉症の息子ターフー。 遠くない別れの時に向かって、二人らしくゆっくり歩いていくお話です。 自分の経験に重ね、たまりませんでした。 私も子どもをお誘いした事があります、きっぱりお断りされましたけど。 普段はオウム返しの返事しかしなかったくせにね、あなどれません。 生きていく、それならどうする、何ができる。 それが始まり。 本当に力強いストーリーでした。 ジェット・リー演じる父シンチョンの眼差しがとにかく優しくて温かく、一生懸命生きる普通のお父さんを見せてくれました。 他の方のレビューにもありましたが、ターフー役のウェン・ジャン、名演技でした。 ゆらめきながらプールに潜るターフーは、本当に気持ち良さそうでした。 ネタバレ! クリックして本文を読む 香港が誇るアクションスター、ジェット・リーが十八番のアクションを一切封印し、命懸けで息子を守る父親を熱演。 父子は水族館の裏方として働いており、海やプール、空などの青さが印象的でキタノブルーを連想させたが、音楽を久石譲が手掛けていたのを知り、直ぐに納得した。 自然美や人情の温かさが際立ち癒やされる一方、障害者を受け入れる環境が整っていない現実の厳しさが露呈し、やるせない気分に襲われる。 偏見や差別。 父親は勿論だが、近所のお節介なオバサンや水族館の上司、施設のスタッフなど周囲の理解だけでは息子の自立は到底、不可能だ。 現代社会をどう克服していくかは、結局、自分自身の力に委ねるしかない。 その苦闘は、障害を持とうが、持つまいが全てのヒトに共通する宿命であると半人前ながらも私は思う。 息子の恋愛めいたエピソードが唐突に始まり、唐突に終わってしまったのは、違和感が有ったが、あのギコちなさが、今作を独特なる御伽噺へ導いたとも云える。 観終えた後、我が身を包んだ優しさみたいなものが、自分の職場でも活かせたらエエなぁ っとまだまだ半人前の私が思いつつ、最後に短歌を一首。 『独りでも 泳げと託す 親亀の 遺した実り 海に手を振る』 by全竜 久々のアジア映画。 もちろん今年はこれが初めて。 注目は、なんといってもアクションを完全封印したジェット・リー。 こんなに優しい目をしていたんだと驚かされる。 自閉症の息子を持つ父親が、周りの人々に助けられながら暮らしている。 せっかく今の中国の一般的な生活を垣間見ることができるのに、機材のせいなのかプリントのせいか映像にまるで色彩感がない。 通りに面したチャイの店と、裏庭を挟んでワンの家がある臨場感や生活感といったものが、色彩の欠如で半減してしまったのがもったいない。 水族館も同様だ。 しっかり色彩があったら、ワン一家を見守ってくれる人々の温かみがもっと伝わってきただろう。 その裏庭を挟んでのワンとチャイの恋愛感情は、一定の距離を持った抑えたものだが、昔の日本映画もこんなだったよなと、なんか懐かしい思いを抱いて見入る。 日本ではいつのまにか西洋文化が入り込み、映画に於ける愛情表現もストレート且つ大胆になって、ワンとチャイがベンチに腰掛けて互いの気持ちを打ち明けるシーンは却って新鮮だ。 ワンが自閉症のターフ-のために残された時間をすべて注ぎ込み、自分がいなくなっても生活できるよう知恵を授けていく姿に、館内のあちこちからすすり泣きが起きる。 さらに、いなくなってしまった自分をターフーが探すことがないよう、先を見越した策を講じる姿に父の息子に対する深い愛情を感じる。 ワンが亡くなったあとのターフ-の行動が感動的。 とくに、最初から出てくる犬のぬいぐるみの扱いがいい。 オーソドックスな手法ながら感動と涙を誘う演出だ。 CGもワイヤーアクションもなしで、ジェット・リーが映画の原点を見せてくれる。 ターフーを演じたウェン・ジャンも上手い。

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