大船鉾。 49年ぶり祇園祭後祭山鉾巡行と150年ぶり大船鉾復活

【祇園祭】「龍頭」にどよめき…大船鉾、復興3年目も威風堂々の後祭巡行

大船鉾

一昨年、150年ぶりに復活した下京区四条町の「大船(おおふね)鉾」。 今年は船首に、新調した「龍頭(りゅうとう)」がお目見えする。 四条町はかつて、北四条町と南四条町に分かれていた。 北四条町が巡行する時は龍頭、翌年の南四条町の時は大金幣(きんぺい)を掲げた。 大金幣は現存するが、龍頭は幕末1864年の禁門の変で焼失した。 保存会が龍頭の復興に本格的に取りかかったのは4年前。 大船鉾復興検討委員の建築史家水野耕嗣さんが、江戸時代後期に京都で活躍した彫刻師、九山(くやま)新之丞(しんのじょう)・新太郎親子の作品である可能性がある、と指摘したのがきっかけだった。 九山新太郎は、瀧尾神社(東山区)拝殿の天井にある全長8メートルの龍の彫刻の作者。 天保11(1840)年、大丸に長く勤めた人物が、この龍を寄進したと伝わる。 創業者の下村彦右衛門が社殿を寄進するなど崇敬が厚く、大丸は今も瀧尾神社と関係が深い。 一方、現在の大丸京都店は、かつて大船鉾の巡行を支援した「寄町」にあることがわかった。 保存会は大丸との「縁」を感じ、瀧尾神社の龍を参考に、焼失した大船鉾の龍頭を作ることに決めたという。 その後、瀧尾神社の龍の頭を水野さんが調査した際、胴体は天保のスギで、頭部はそれより数十年前のヒノキであることがわかった。 水野さんは「新之丞が彫った大船鉾の龍頭の試作品を利用して、息子の新太郎が拝殿の龍として完成させたのでは」と推測する。 保存会理事の木村宣介さんは「神様の思(おぼ)し召しで、龍頭が新調できたように思えてならない」と話す。

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大船鉾とは

大船鉾

2014年の祇園祭で150年ぶりに復興した大船鉾(おおふねほこ)の活動拠点となる「四条町大船鉾会所(かいしょ)」(下京区)の改修が完成した。 会所は山鉾を組み立てたり、祇園囃子(ばやし)の稽古をしたりする施設。 公益財団法人四条町大船鉾保存会は15年6月、下京区新町通四条下ルの築80年以上の町家を購入。 昨年8月から今春まで改修工事を進めてきた。 床面積は1階144・31平方メートル、2階88・97平方メートル、3階23・30平方メートル。 文化遺産の保護・保存に取り組むワールド・モニュメント財団や京都市から助成を受けた。 四条町大船鉾保存会の林邦彦理事長(65)によれば、大船鉾は1864年の蛤御門(はまぐりごもん)の変で、一部の懸装(けそう)品を除き焼失。 山鉾巡行に参加できなくなった。 その後、当時の町衆が資金を出し合って全国に先駆けて設立した学区制小学校の番組小学校を建設した時に借金をし、それを返すために1877(明治10)年ごろ、会所を売却したという。 大船鉾は2014年の祇園祭後….

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朝日新聞デジタル:大船鉾の「龍頭」復活 大丸との縁

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