冠のあるツム。 キンチェム

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名馬(エクリプス、キンツェム、セントサイモン他) 「神話的名馬編」 キンツェム ペガサス ギリシャ神話に登場する翼を持った名馬。 英雄・ペルセウスがメドゥーサの首を討った時に、その血から産まれたとされる。 ギリシャ神話では馬に関する話が少なくなく、他に角を持った馬・ユニコーン、半人半馬のケンタウロス等がおり、更にポセイドンとアテナの戦いにおいても人類にとって最重要なものとしてポセイドンが作り出した生き物とされる(戦いはオリーヴを作ったアテナの勝ち)。 スレイプニル 北欧神話に登場するオーディンの愛馬。 8本脚を持ち、この馬に名槍・グングニルを持ったオーディンが騎乗する姿は有名だった。 因みに、同じ北欧神話のジークフリートの愛馬・グラーネもワーグナーの楽劇等で有名。 烏騅 項羽の愛馬として歴史に名を残す名馬。 劉邦に敗れた項羽がこの馬を人に預けて渡河させようとした所、岸にいる項羽の許に辿り着こうとして、河に飛び込み溺死するという悲劇的な生涯を終えた。 赤兎馬 三国志に登場する一日千里を駆けるといわれた名馬。 最初は呂布、次に関羽の愛馬と成った。 関羽が呉に処刑されると、自ら食を断ち、死んだとされる。 バイアリーターク 1679〜1705。 サラブレッド三大始祖の中でも最も古い血統で、ヘロド〜トゥルビョンへと連なるサイアーラインを現在も辛うじて維持している。 ゴドルフィンアラビアン 1724〜1753。 マッチェム〜マンノウォーへと連なるサイアーラインを築いたが、現在は稀少血統と成っている。 ダーレーアラビアン 1700?〜1730。 現代のサラブレッドの血統の大半を占める偉大なる始祖。 「総ての馬はダーレーアラビアンに通ず」と言われるのも無理からぬ程、この馬の血統表には歴史的名馬の名前がズラリと並ぶ。 中興の祖のエクリプス、セントサイモン、ノーザンダンサーらも皆この系統なのだ。 凄いぜ、ダーレーアラビアン! エクリプス 1764〜1789。 ダーレーアラビアンの玄孫で、18世紀後半に活躍した英国の伝説的英雄。 18戦18勝という戦績もさる事ながら、種牡馬としても超人気で、殆どの牝馬が交配された為、逆に直系の子孫は先細りに成った。 グラディアトゥール 1862〜1876。 1860年代に活躍したフランスの至宝。 当時の欧州競馬界は英国が断然の先進国であり、仏国もその後塵を拝していたが、グラディアトゥールはその壁を打ち破り、英三冠を獲得するという快挙を成し遂げた。 特に、伝統のエプソム・ダービーで10番手から繰り出した猛烈な末脚は伝説と化している。 他にもパリ大賞を制するなど活躍。 更に英国伝統の長距離レース、アスコット・ゴールドC(4000m)の走りも殆ど神話と化している。 このレースでは何と先頭集団から250mも離されながら後方待機、しかし騎手がゴー・サインを出すと、2着馬に何と40馬身もの差をつけて圧勝したというのだ。 かくして、グラディアトゥールの活躍は、仏国民にとって英国に敗れたナポレオン戦争の溜飲を下げ、フランスの国民的英雄として後世に迄語り継がれる事に成った。 その偉業を記念してロンシャン競馬場に銅像が作られ、今も鎮座している。 キンツェム 1874〜1887。 近年は現地語に近い「キンチェム」という表記も少なくない。 1870年代の名馬で、若しかすると欧州史上最強はこの馬かも知れないと言われている。 その成績はとても牝馬のものとは思えない。 というより、54戦54勝という記録はギネスブックにも載る大記録で(世界一の生涯無敗記録)、クリフジやトキノミノルはおろか、サイテーションやリボーの連勝記録すら可愛く思える程だ。 一体何者?スーパー・サイヤ人(馬だけど……)?余談だが、プエルトリコのカマレロ(1951〜1956)という馬がデビューから56連勝(これがギネスブックにも掲載されている世界一の連勝記録)、生涯77戦73勝という記録を残しているが、プエルトリコの馬という事で、一般的知名度や評価は欧州7カ国で活躍したキンツェムに遠く及ばない。 しかもその中身も半端ではない。 1000メートル以下から4000メートル以上迄勝ちまくり、斤量も170ポンド(76.5kg)を背負って10馬身以上の楽勝、レースに勝ったその2日後に亦レースに勝つ等現代競馬では到底考えられない偉業を残したのだ。 しかも英国馬や仏国馬ではない。 ハンガリー産馬なのだ。 尤も、当時の欧州競馬は先進国英国以外の格差は今程ではなく、凱旋門賞やキングジョージも創設されておらず、バーデン大賞3連覇やドーヴィル大賞典を制したキンツェムの名声は全欧州に轟いていた。 その為、先進国英国でも「ハンガリーの奇跡」と称えられたという。 因みに、当時のハンガリーは現在とは異なり、オーストリア=ハンガリー二重帝国の一員として、ハプスブルク家の支配下にあったが、民族意識の高まりつつあった時代に作られた馬だけに、国民的英雄だった事は間違いない。 そして、私はこの馬にどうしてもハプスブルク家のエリザベート皇后の姿を重ねずにはいられない。 「絶世の美女」と称されたエリザベートに対し、産まれた時には決して見栄えのしなかった馬と言われるキンツェムに重なり合う部分は少ない筈なのだが、エリザベートがハンガリーの民族主義に賛同を示した事は知られているし、エリザベートが大の馬好きで、本場英国の騎手が絶賛する程の騎乗技術を持っていたという意識があるからかも知れない。 或いは黄昏を迎えつつあったハプスブルク帝国の象徴的存在と感じるからかも知れない。 因みにエリザベート皇后の夫、即ちオーストリア=ハンガリー二重帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ一世はキンツェムの大ファンだったそうだ。 まあ、兎に角キンツェムは空前絶後の名馬である。 一方で、微笑ましい逸話が多く残されている点も「後期ロマン派」の時代に活躍した馬らしい。 汽車が大好きだったとか、夜番の厩務員が寒そうにしているのを見て毛布をかけてあげたとか、猫と大の仲良しで何時も一緒にいたとか……そういう点は牝馬かなとも思う。 子孫も傍系(牝馬だから当然だが)として現在迄残っているといわれている。 尚、今回この記事を書く為に色々検索していたら、古い馬であるにも関わらず、熱狂的なファンが結構いるのには驚いた。 強いだけでなく、何となく人々を惹きつける魅力を持っている馬、それがキンツェムなのだと言えよう。 実は私が「神話的名馬編」を作成したのも、この馬について書きたかったからに他ならない。 セントサイモン(サンシモン) 1881〜1908。 英国史上最高の騎手との呼び声高いアーチャーが「私が騎乗した馬の中でもこの馬は抜きん出て強かった。 距離は不問。 しかも本気で走った事がないのに、次元の違う強さ。 調教で一度だけ本気で走った事があるが、私はあまりの速さと迫力に恐怖した。 二度と本気で走らせたくない」と語ったという馬、セントサイモン。 1880年代に活躍した英国の名馬で9戦9勝、「エクリプス以来の英雄」と言われた。 気性の悪さも有名で、馬を落ち着かせる為にキンツェムを真似て厩舎に猫を入れた所、叩き潰してしまったとか。 種牡馬としてもエクリプス同様の運命を辿る。 即ち、繁殖牝馬の殆どがこの馬とつけまくった為、直系が先細りに成ってしまったのである。 当時は「セントサイモン産駒に非ずば馬に非ず」と言われた程だそうだが。 尤も、直系にあのリボーがいるし、傍系なら世界中のサラブレッドの殆どにこの馬の血が入っていると言われているのだから、やはり凄い馬だ。 レキシントン 1850〜1875。 アメリカ独立戦争の有名な戦いの名を冠する米国の名馬で、種牡馬としてもリーディングサイアー16回(連続14回)という不滅の大記録を残したが、英国に正式なサラブレッドとして認められなかった為、偉大な業績も今では忘れられかけている。 しかし、後に血統が承認され、父系は殆ど絶滅したものの、レキシントンの血を母方に持つトゥルビヨン系などにその血脈が受継がれたという。 ザテトラーク 1911〜1935。 20世紀の愛国の名馬だが、スペースの関係上こちらに掲載する事にした。 7戦7勝という成績はありがちだが、2着を50馬身以上ブッチ切って圧勝したとか、10秒以上(10馬身ではない!)も出遅れたのに勝ってしまったとか、この頁に名を連ねるだけの価値のある凄い馬だと思う。

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名馬(エクリプス、キンツェム、セントサイモン他) 「神話的名馬編」 キンツェム ペガサス ギリシャ神話に登場する翼を持った名馬。 英雄・ペルセウスがメドゥーサの首を討った時に、その血から産まれたとされる。 ギリシャ神話では馬に関する話が少なくなく、他に角を持った馬・ユニコーン、半人半馬のケンタウロス等がおり、更にポセイドンとアテナの戦いにおいても人類にとって最重要なものとしてポセイドンが作り出した生き物とされる(戦いはオリーヴを作ったアテナの勝ち)。 スレイプニル 北欧神話に登場するオーディンの愛馬。 8本脚を持ち、この馬に名槍・グングニルを持ったオーディンが騎乗する姿は有名だった。 因みに、同じ北欧神話のジークフリートの愛馬・グラーネもワーグナーの楽劇等で有名。 烏騅 項羽の愛馬として歴史に名を残す名馬。 劉邦に敗れた項羽がこの馬を人に預けて渡河させようとした所、岸にいる項羽の許に辿り着こうとして、河に飛び込み溺死するという悲劇的な生涯を終えた。 赤兎馬 三国志に登場する一日千里を駆けるといわれた名馬。 最初は呂布、次に関羽の愛馬と成った。 関羽が呉に処刑されると、自ら食を断ち、死んだとされる。 バイアリーターク 1679〜1705。 サラブレッド三大始祖の中でも最も古い血統で、ヘロド〜トゥルビョンへと連なるサイアーラインを現在も辛うじて維持している。 ゴドルフィンアラビアン 1724〜1753。 マッチェム〜マンノウォーへと連なるサイアーラインを築いたが、現在は稀少血統と成っている。 ダーレーアラビアン 1700?〜1730。 現代のサラブレッドの血統の大半を占める偉大なる始祖。 「総ての馬はダーレーアラビアンに通ず」と言われるのも無理からぬ程、この馬の血統表には歴史的名馬の名前がズラリと並ぶ。 中興の祖のエクリプス、セントサイモン、ノーザンダンサーらも皆この系統なのだ。 凄いぜ、ダーレーアラビアン! エクリプス 1764〜1789。 ダーレーアラビアンの玄孫で、18世紀後半に活躍した英国の伝説的英雄。 18戦18勝という戦績もさる事ながら、種牡馬としても超人気で、殆どの牝馬が交配された為、逆に直系の子孫は先細りに成った。 グラディアトゥール 1862〜1876。 1860年代に活躍したフランスの至宝。 当時の欧州競馬界は英国が断然の先進国であり、仏国もその後塵を拝していたが、グラディアトゥールはその壁を打ち破り、英三冠を獲得するという快挙を成し遂げた。 特に、伝統のエプソム・ダービーで10番手から繰り出した猛烈な末脚は伝説と化している。 他にもパリ大賞を制するなど活躍。 更に英国伝統の長距離レース、アスコット・ゴールドC(4000m)の走りも殆ど神話と化している。 このレースでは何と先頭集団から250mも離されながら後方待機、しかし騎手がゴー・サインを出すと、2着馬に何と40馬身もの差をつけて圧勝したというのだ。 かくして、グラディアトゥールの活躍は、仏国民にとって英国に敗れたナポレオン戦争の溜飲を下げ、フランスの国民的英雄として後世に迄語り継がれる事に成った。 その偉業を記念してロンシャン競馬場に銅像が作られ、今も鎮座している。 キンツェム 1874〜1887。 近年は現地語に近い「キンチェム」という表記も少なくない。 1870年代の名馬で、若しかすると欧州史上最強はこの馬かも知れないと言われている。 その成績はとても牝馬のものとは思えない。 というより、54戦54勝という記録はギネスブックにも載る大記録で(世界一の生涯無敗記録)、クリフジやトキノミノルはおろか、サイテーションやリボーの連勝記録すら可愛く思える程だ。 一体何者?スーパー・サイヤ人(馬だけど……)?余談だが、プエルトリコのカマレロ(1951〜1956)という馬がデビューから56連勝(これがギネスブックにも掲載されている世界一の連勝記録)、生涯77戦73勝という記録を残しているが、プエルトリコの馬という事で、一般的知名度や評価は欧州7カ国で活躍したキンツェムに遠く及ばない。 しかもその中身も半端ではない。 1000メートル以下から4000メートル以上迄勝ちまくり、斤量も170ポンド(76.5kg)を背負って10馬身以上の楽勝、レースに勝ったその2日後に亦レースに勝つ等現代競馬では到底考えられない偉業を残したのだ。 しかも英国馬や仏国馬ではない。 ハンガリー産馬なのだ。 尤も、当時の欧州競馬は先進国英国以外の格差は今程ではなく、凱旋門賞やキングジョージも創設されておらず、バーデン大賞3連覇やドーヴィル大賞典を制したキンツェムの名声は全欧州に轟いていた。 その為、先進国英国でも「ハンガリーの奇跡」と称えられたという。 因みに、当時のハンガリーは現在とは異なり、オーストリア=ハンガリー二重帝国の一員として、ハプスブルク家の支配下にあったが、民族意識の高まりつつあった時代に作られた馬だけに、国民的英雄だった事は間違いない。 そして、私はこの馬にどうしてもハプスブルク家のエリザベート皇后の姿を重ねずにはいられない。 「絶世の美女」と称されたエリザベートに対し、産まれた時には決して見栄えのしなかった馬と言われるキンツェムに重なり合う部分は少ない筈なのだが、エリザベートがハンガリーの民族主義に賛同を示した事は知られているし、エリザベートが大の馬好きで、本場英国の騎手が絶賛する程の騎乗技術を持っていたという意識があるからかも知れない。 或いは黄昏を迎えつつあったハプスブルク帝国の象徴的存在と感じるからかも知れない。 因みにエリザベート皇后の夫、即ちオーストリア=ハンガリー二重帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ一世はキンツェムの大ファンだったそうだ。 まあ、兎に角キンツェムは空前絶後の名馬である。 一方で、微笑ましい逸話が多く残されている点も「後期ロマン派」の時代に活躍した馬らしい。 汽車が大好きだったとか、夜番の厩務員が寒そうにしているのを見て毛布をかけてあげたとか、猫と大の仲良しで何時も一緒にいたとか……そういう点は牝馬かなとも思う。 子孫も傍系(牝馬だから当然だが)として現在迄残っているといわれている。 尚、今回この記事を書く為に色々検索していたら、古い馬であるにも関わらず、熱狂的なファンが結構いるのには驚いた。 強いだけでなく、何となく人々を惹きつける魅力を持っている馬、それがキンツェムなのだと言えよう。 実は私が「神話的名馬編」を作成したのも、この馬について書きたかったからに他ならない。 セントサイモン(サンシモン) 1881〜1908。 英国史上最高の騎手との呼び声高いアーチャーが「私が騎乗した馬の中でもこの馬は抜きん出て強かった。 距離は不問。 しかも本気で走った事がないのに、次元の違う強さ。 調教で一度だけ本気で走った事があるが、私はあまりの速さと迫力に恐怖した。 二度と本気で走らせたくない」と語ったという馬、セントサイモン。 1880年代に活躍した英国の名馬で9戦9勝、「エクリプス以来の英雄」と言われた。 気性の悪さも有名で、馬を落ち着かせる為にキンツェムを真似て厩舎に猫を入れた所、叩き潰してしまったとか。 種牡馬としてもエクリプス同様の運命を辿る。 即ち、繁殖牝馬の殆どがこの馬とつけまくった為、直系が先細りに成ってしまったのである。 当時は「セントサイモン産駒に非ずば馬に非ず」と言われた程だそうだが。 尤も、直系にあのリボーがいるし、傍系なら世界中のサラブレッドの殆どにこの馬の血が入っていると言われているのだから、やはり凄い馬だ。 レキシントン 1850〜1875。 アメリカ独立戦争の有名な戦いの名を冠する米国の名馬で、種牡馬としてもリーディングサイアー16回(連続14回)という不滅の大記録を残したが、英国に正式なサラブレッドとして認められなかった為、偉大な業績も今では忘れられかけている。 しかし、後に血統が承認され、父系は殆ど絶滅したものの、レキシントンの血を母方に持つトゥルビヨン系などにその血脈が受継がれたという。 ザテトラーク 1911〜1935。 20世紀の愛国の名馬だが、スペースの関係上こちらに掲載する事にした。 7戦7勝という成績はありがちだが、2着を50馬身以上ブッチ切って圧勝したとか、10秒以上(10馬身ではない!)も出遅れたのに勝ってしまったとか、この頁に名を連ねるだけの価値のある凄い馬だと思う。

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